新人舞台監督 イノウエ
新人舞台監督 イノウエ

連載「新人舞台監督の苦悩」

その1  その2  その3  その4  その5  その6  その7  最終回

新人舞台監督の苦悩 その1

いよいよ稽古がはじまりました。
舞台監督の苦悩と題してまず第一回目は…そうですね「舞台監督に抜擢」ということで…。
最初に舞台監督とはどういう人かというと、大雑把に説明すればスタッフのまとめ役とでもいいますか舞台裏の指揮者とでもいうべき存在ですね。
これまで、
 「いのうえーっ」
 『はーい!』
 「ともゆきーっ」
 『すぐいきまーす。』
みたいにかなり下っぱ気質で動いていたんですが、一足飛びに裏方のトップになってしまいました。
そんなボクの不安を察してか、過去のいろいろな役や裏方をやったときよりも、多くの人達が口々に声をかけてくれるので(やはり信用ないか?と)フクザツです・・・。

「舞台監督に必要なものってなんだろう?」と頭をひねってみるといろんな要素はあるけど、バランス感覚かなと思いますね。

何年か前まで、「役者に大切なものもこのバランス感覚だ!とにかくこれさえあれば他のおかずはいらない。」ぐらい思ってたんですけど、最近ちょっとそうではないのかなと感じ始めているんです。
 他のなにかひとつ他人にはない圧倒的な力を持っている人のほうが舞台の上で魅力的に見えることに気付いて、また精進しなきゃなと思い直す次第です。
話はそれましたが、これからお届けする舞台監督の苦悩、しばらくの間お付き合いくださいませ。

新人舞台監督の苦悩 その2

 

「みだれ髪の君」の稽古も本読みが終わり、半立ち(台本を持っての)稽古に入りました。
一本の芝居を作るためには、役者はもちろん、裏方の存在が大変重要になります。稽古を進めながら裏方の配置を考えていくのも舞台監督としての仕事です。

 


そこで、今回の苦悩は「人をつかう」ということ。
「つかう」という単語に抵抗があるんですが、あえて「してもらう」とか「お願いする」では出てこないニュアンスのこの言葉を選んでみました。


今の段階でもある程度、物の出し入れなどで必要な人間というのは、外枠だけでもわかってきます。あとは着替えだったり、出来てくる大道具の扱いやすさだったりを考慮しながら決めるので、時間の余裕は若干あります。
冒頭にもある「立ち稽古」に入ればすぐに必要な、そして重要な存在、それが……“プロンプ”です。
頭に?が浮かんだ人もいるでしょう。プロンプは、稽古中や本番の時に忘れたセリフを投げてあげる人です。詳しくは今このページをパソコンで見てる人なら“プロンプター”で検索してください。携帯の人は誰か知ってそうな人に電話でも…。

さて、このプロンプがいかに重要かというと、ただ忘れたセリフを言えばいいってもんじゃないんです。わずかな時間の空白が本当にセリフを忘れたものなのか、それとも役者自身の間なのかを瞬時に察知して判断しなきゃいけない。その判断を誤ると稽古場全体のテンションが下がってしまいます。
この難しい役どころをある新人さんにやってもらおうと思ったんですが、仕事で毎回稽古に来ることができないみたいなので断念しました。

うーん残念。。。
なぜこの人を使おうとしたかと言うと、ある酒の席でものまねチックなことをするみたいな話を聞いて、上手い下手はともかく、マネしようと思って見る眼「観察眼」があれば、あとは経験さえ積めばイケる!と感じたんですね。
結局一番無難な人選をしてしまいました。「人をつかう」の序盤で軽くつまずいてしまい、これから先まだまだ苦悩が続きそうな予感・・・。
明日はどっちだぁーーー。

新人舞台監督の苦悩 その3

 

 

 

 これでいいのか?

 

 

 

 
改めて発表された自分の文章を読んでみるとなんか複雑だ。こそばゆい感覚。一晩たってラブレターを読み返したようなあの気恥ずかしい感覚。
恥ずかしいと言えば、思春期の頃って悩む姿に憧れるというか、すごく自意識過剰で、意味もなく文庫本を片手にコーヒーをすすりながら(頭の中ではダバダー~~という例のインスタントコーヒーのCMの曲を流しつつ)ボクは今悩んでます 。
どう?みたいなことを自分の部屋で練習してた時期があり、思い返せば逆になんにも悩んでなかったんだなぁとシミジミ感じる。
話をもとに戻すと、ボクの気持ちだけが先走っちゃってちょっとグチっぽいし、デスマス調がいけないのか・・・。
そもそもネガティブなんだよなぁ苦悩って。

うん?「ネガティブじゃないポジティブな苦悩」というのはどんなんだろう・・・

例えば、
「わしゃあ儲かりすぎて税金対策に困っとるよ。ガッハッハッ。」
とか
「なにしろT大ぐらいしかボクの頭脳を生かせる所がないんでね。フッ。」
とか
「美しい私のために争い事はやめてーーっっ」
だったりがポジティブな苦悩なのか?いかんいかんこれじゃあ苦悩でなくて遠回しな自慢だ。

基本的なことだけど、悩むときは前向きに考えなきゃ「にっちもさっちもいかない」ということに気付かされる。哲学者じゃないんだからって、自分につっこむぐらい内向きに考え込む癖があったから、ボクの悩む傾向が分析できてちょうど よかったのかもしれない。

今回の苦悩は「苦悩を綴ること」。面白いものを創るのはヒジョーにむつかしい。

新人舞台監督の苦悩 その4

『役者としてもでています。』…が、そこに隠れていた苦悩の種を成長させて、僕をガンジガラメにするのです。

それは金曜日のことでした。
いつもどおり会社も終わり、稽古に行く時間になった時には雨が降っていて、なんだかいやだなぁ、なにも起きなければいいな。と 思いながら愛車のサドルにまたがりペダルをこぎつつ稽古場に向かいました。
道中、今日の台詞を反芻し、演技プランを再確認しているとすぐに目的地に到着です。よし、今日もいくぞ!と意気込みながらドアを開けました。

稽古は既に始まっていて、扉を開けた瞬間、独特の熱と圧が僕を包み込みます。
僕は急いで着替えを済ませ、共演者(三人組で出るので)との軽い打合せ、柔軟体操をして、もちろん舞台監督としての段取も忘れずに頭に入れなおして、稽古を観ました。
出番になり、舞台を転換し袖に三人で待機、そして深呼吸を大きくひとつ。
演出が稽古場に響き渡る音で『パン!』と、手を鳴らすとそれがスタートの合図です。
きっかけで出ていき、セリフを出します。よどみなく流れる言葉、考えてきた動きも概ね順調に行き、その場面の最後の歌わなければいけない歌までさしかかった時でした。
頭の中で鳴っている音と違うメロディが口から出て来たのです。
これはいけないと思い、修正しようとするのですが別の旋律が本来の音を絡め取り、引きずり下ろします。必死にもがいているうちにその場面が終了し、周りを見渡すと、なんともいえない顔をしてる人、目を合わせてくれない人、憐れんだ表情を向けてくる人、等々、、。
その後、何回やっても好転する事はなく、ますます深みにはまっていき、終る頃には違う歌に聞こえてしまうほどでした。
熱い顔に流れるやけに冷たい汗を拭い自分の席に戻りました。

その日の稽古が終わって稽古場を出ると、まだ雨が降っていました。

家に着き、シャワーを浴びながら、セリフを思い返そうとふと鏡を見るとなんと頭が真っ白になってるではありませんか。
台本を読み直してその場は事無きを得たのですが、今でもあの時の恐怖が脳裏にこびりついて離れません。

新人舞台監督の苦悩 その5

ただいまの期間は大道具作りの真最中。
桜の花も散り、稽古も佳境に入ってきました。
劇団員はみんな本番の舞台を想像しながら悪戦苦闘してます。そこに欠かす事のできないのが音と明かりのイメージです。

音のほうはMDプレイヤーがありますが、それでも役者の呼吸を読み、演出家の指示を見ながら音響さんに合図を出すとタイムラグが生じます。
この些細なズレが命取りになることもあるので、演出家の意図を汲んで、自分の中で昇華して、来たるべき日に向けての確実な稽古環境を作るのに苦悩してます。

同じ心配は照明に関してもあります。
けれどそれ以前に舞台上が真っ暗になった時、つまり暗転時の場面転換の動きをいかに意識してもらうか、、がいつも鍵になります。本番に近い感覚で稽古をしたほうが良いのはわかってるのですが、稽古場の電灯を消すわけにはいかないし、かといってあまりにも明るいところで場面転換するのも限界があるし。

いや、みんなを信じてないわけではなくて、只々心配性だけで。それに本番当日の負担は少ないに越したことはないし…。

と、、とにかく稽古場での稽古に慣れ過ぎないように、本番のイメージ作りをサポートしたい、というのが今回の着地地点。
自戒の意味も含めて。ではまた次回。

新人舞台監督の苦悩 その6

昔の長屋にはお人好しで面倒見はいいけど少し粗忽な熊さんと、物知りな大家さんがいたものでございます。
大体は熊さんが家主(おおや)さんのところにいって冠婚葬祭の作法を聞いたり、仲人をしてくれと頼んだりした。
今日はそんなおはなし。

『たのもう。』

「わっ。いきなりどうしたんだい。……あぁ熊さんかい。たのもうったってうちは道場じゃないよ。」
『そんなこたぁわかってますよ。他でもねぇ家主さんに頼み事があるんですがね。その事を考えるとメシもろくにのどを通りゃしねえ。かかあはその方が食費がかかんなくって助かるとかぬかしやがるんだが、オイラがどんなに苦しみ悩んでんのか知らねぇんだ、あんちきしょうめ。』
「ほう、文学的じゃないか。苦しみ悩んでいるときたかい、つまりは苦悩ってやつだね。それでお前さんはなにをそんなに苦悩してんだい。」
『おっ、それなんですがね。オイラの知り合いの八って野郎が芝居をやってまして、そいつが舞台監督をやってくれっていうから二つ返事で引き受けたんだが、なにをすればいいのかさっぱり分からねえ。それで家主さんならご存知だろうと伺ったしだいで。』
「今度はご存知ときたかい。なかなか殊勝な心掛けだねぇ。よし、あたしが知ってることならできるかぎり教えてあげますよ。まずは稽古場でだが…」
『いや、家主さん今回は仕込みの段取だけでいいんでさぁ。』
「なんだい、今回はって。」
『連載の都合上今回は仕込みの段取だけでいいんです。』
「わけが分からないね。まあいい、当日の話だね。まずは道具の搬入からだ。倉庫でトラックに積み込んだ荷物…大道具やら小道具やらメイク道具やらを劇場に運び入れる。それと並行しながら照明の仕込みだ。おっとその前に幕の吊り替えを忘れてはいけない。」
『吊り替えってなんです?』
「お前さん舞台の図面はもってるかい……そうそうそれだよ、見せてごらんなさい。劇場の基本的な位置にある幕、例えばこの大黒幕とか一文字(いちもんじ)幕というのを舞台の大道具に合わせた位置に吊り替えるんだ。これが思ったよりも大変で気を遣う作業なんだよ。」
『この両端の袖幕ってのはあれですかい、ジュディ・オングの衣装みてえなやつ?』
「違うよ。どこの世界にそんなものつけて舞台の端っこにずーっと立っている人がいるんだい。」
『そうですよね。オイラもおかしいと思った。やっぱりジュディ・オングは真ん中でなきゃいけねえ。』
「そういう意味でもないよ。この袖幕の袖ってのは舞台袖、つまりは役者やスタッフ、道具などが待機してる所をいうんですよ。」
『へーっ。じゃあこの“じょうず”“へた”ってのは、もしかしたらうまい役者が…』
「皆まで言うんじゃないよ。お前さんの考えてることは薄々分かりますよ。あまりにも古典的で笑っちまうぐらいだ。これは“かみて”“しもて”って読むんだ。お客さんから向かって右が上手、左が下手。」
『で、審判はどこにいるんです。』
「なんです、審判というのは。」
『舞台監督っていうぐれえだから、調子の良くない役者を交代したり、流れが悪くなった時にタイムをかけたりするんでしょ。その時の審判。』
「野球やバレーボールじゃないんだから。話を続けるよ、…どこまでいったんだっけ。そうそう幕の吊り替えと道具の搬入だ。ここから組み立てに入りますよ。最初は吊り物からだ、ワイヤーを使ってバトンに吊す。」
『わあ、やっぱり。』
「今度はなんだい。」
『今、バントって言ったでしょう。』
「バトンだよバ・ト・ン、野球から離れなさい。バトンというのは、舞台を横に走ってる上下に動くパイプのことをいうんだ。これに幕やパネル、照明なんかをさげるんだ。今は電動だが昔は綱元というところで人間が上げ下げしてたんだ。」
『まだ、先はなげえんですかい。オイラ腹へっちまった。』
「お前さんがいちいち話の腰を折るからだろう。ここから駆け足でいくよ。吊り物の後は基本舞台とそれに乗せる大道具、今回はふすまとかだね、それを並行して組み立てる。基本舞台は劇場にあるスチールの台と平台という木の台を使うんだ。これができたらパンチという薄くてながいカーペットみたいなものを基本舞台の天面に貼り、蹴込みというものを側面に取り付けるんだ。」
『これで終わりですかい。』
「あとは音響と照明の調整ってとこかねえ。細かい所をあげるときりがないけど、荒々でこんなものだろう。今回の段取は今言った感じだが、舞台の数だけ段取があるんだ、それを忘れないでおくんなさいよ。」

『わかりやした。これで八の野郎に大きな顔ができるってもんだ。』
「あまり調子にのるんじゃないよ。最後にリハーサルをして、ようやく幕が上がるんだ。」
『ちょっと待ってくだせえ、まだ忘れてることがありますぜ。』
「なんだい。」
『幕の前にオイラがアガる。』

新人舞台監督の苦悩 その7

公演もすぐ目の前にせまり稽古も大詰め、劇団員一同万全を期して皆様をお迎えする準備をしています。

かくいう僕は緊張感と期待感で苦悩を感じる部分がマヒしているというのが正直なところです。
あわただしくも輝いている稽古場を非常に頼もしく思います。
今回はこのくらいで、では皆様劇場でお待ちしております。

新人舞台監督の苦悩 最終回

この連載も最終回を迎える日が来てしまいました。とにかく感謝です。ありがとうございました。
迷走につぐ迷走の構成で、この統一感の無さに我ながら呆れかえっております。最後は文庫本みたいに過去の苦悩を一つ一つ振り返って解説しようかとも思ったのですが、やはり仕込み当日の苦悩を語らずには締まらないので4月24日の話をしたいと思います。


段取としては熊さんに説明したとおりで順調に行っていたし、1日を通じて大きな不都合もなく本番に向けて問題点を解消する事が出来、無事に終わったのですが、僕の反省点はタイムスケジュールをしっかりきっちり組めなかったことですかね。無駄な時間があったり、時間に追われたりした気がしてそこは次に活かしていこうと思います。

さて、自分自身の感想はいろいろありますが団員が当日の僕を見て
ある人は
「120%を出そうとして20%分マイナスになってる。」
ある人は
「全ての人間に嫌われないようにしてるからそれじゃイカン。」
ある人は
「年上に遠慮し過ぎ。」
ある人は
「今までに見たことないぐらい顔がヘンだった。」
ある人は
「テンパってるのがすぐわかる。 」
と、言ってくれました。裏方として皆に少しでも不安感を与えた事も改善点のひとつですね。

さて、舞台を観る楽しみにプラスアルファできればと思って始めた企画でしたがいかがだったでしょうか。みだれ髪の君は閉幕と相成りましたが、次の芝居の幕開きに向けて我々の準備は始まっております。
苦悩するのは当たり前、これからも観てくれる人達に少しでもいいものを届けたいから、楽しんで苦悩の道を邁進していきたいと思います。ではまた劇場で。

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